株式会社ダイヤモンド・ヒューマンリソース
HD首都圏営業局福重敦士 局長
若者の採用・育成に積極的で、残業が少なく有給休暇がとりやすいなど働きやすい環境を整えた中小企業を国が認定する「ユースエール認定制度」。2015年度に制度がスタートして8年を迎え、認定企業数は約1000社に上る。若者の採用に苦労する中小企業にとって、ユースエール認定にはどのような価値があるのか。企業への採用コンサルティングや学生向け就活講座で講師を務める株式会社ダイヤモンド・ヒューマンリソースHD首都圏営業局長の福重敦士氏に話を聞いた。また、コロナ禍での就活事情や、学生や保護者に参考にしてほしい会社選びの考え方なども教わった。
福重氏新卒採用は少子化もあって、学生優位の「売り手市場」が続いています。厚生労働省と文部科学省が発表した2023年春に卒業を予定する大学生の2022年10月時点の就職内定率は74.1%で、2008年のリーマンショック後では4番目に高い水準でした。コロナ禍で控えていた企業の採用が回復傾向にあり、優秀な学生は複数の企業から内定を得ている状況です。
3年に渡るコロナ禍での就活で一番特徴的なのは「オンライン化」が進んだことでしょう。これには良い面と問題に感じる面の両方が見られます。良い面は、企業が開くオンライン説明会に学生が等しく参加できることです。コロナ禍前は都市部で開かれる数百社を集めた合同企業説明会に地方の学生は出向かないと企業との接点がもてませんでした。企業情報の収集に地域間格差がなくなったのは良かった点です。その一方で問題に感じているのは、オンライン化で広くアクセスできる環境があるはずなのに、学生の企業選択の視野が狭まっていることです。
福重氏企業ごとに開かれるオンライン説明会は学生にとって結構な時間と労力をとられます。学生は企業名を知っていて興味のある会社から優先してスケジュールを埋めていくので、それ以外の会社になかなか時間が割けない。これが合同企業説明会であれば、会場を回るなかで初めて知った企業の話に興味をもつような「偶然の出会い」がありました。オンラインでは知らない会社にはアクセスしづらいので、そうした出会いの機会が減ってしまいました。ネットショッピングは「おすすめ機能」で自分の興味のあるジャンルの本ばかりが目につきますが、書店は書棚を眺めて思わず手に取る未知の出会いがある場所です。本の購入と近い現象がコロナ禍の就活に見られます。
福重氏「興味のある業界または業種名」スペース「展示会」でネット検索してみてください。その業種の展示会が出てきます。展示会は数百という参加企業が商品やサービスを展示してPRする場ですが、学生には志望する会社の同業他社を知る方法として使えます。展示会の会場案内図に書かれた大きなブースは業界大手です。一般の知名度はなくても業界で主要な企業であることがわかります。そして気になった企業があれば自社サイトをみて事業内容や強みをチェックする。これが、興味のある業界や企業を起点にして視野を横に広げるやり方です。
もう一つは縦の広げ方です。志望する会社が「お金を支払う先」と「お金をいただく先」というお金の流れで企業を探してみることです。おもちゃメーカーならば、「お金を支払う先」に金型メーカーや素材メーカー、商社などがあり、「お金をいただく先」には専門商社や量販店などがあります。そうして縦横に視野を広げると、面白そうだなと思う会社が見つかるかもしれませんし、業界や企業研究にも役立つと思います。
福重氏今の若者はこうですと一括りには言えませんが、以前に比べると就社への意識は低くなったように思います。社会人として最後まで一つの会社にいたいとは考えず、今いる会社で何が学べるか、身に付けられるかを重視して企業を選んでいます。若い人は「成長したいんです」という言葉をよく口にします。これはキャリアやスキルを高めて、どこに行っても使える自分になりたいという意識を表した言葉です。そうした志向を受け止めて企業側も、同じ仕事に長く従事させるだけではなく、会社の中でいろんな経験が積めてキャリアアップできる環境を整えることも必要だと思います。
福重氏面白い認定制度だというのが私の印象です。何が面白いのかというと、世の中がこれだけワーク・ライフ・バランスを推進するなかで、それを実践し、国が認めている企業だと言えるので、若い人が会社を選ぶ際に「ユースエール認定」は一つの指標になると思ったからです。正社員平均で残業時間が月20時間以下、年間の有給休暇取得率が70%以上などといった厳しい雇用管理の基準をクリアした企業や団体が認定されます。そうした雇用状況の資料を毎年労働局に申請する、きちんとした組織であるわけです。ただ、残念ながらユースエール認定制度を知らない学生が多すぎる。企業側もそうだと思います。そこは課題であり、もっと知ってほしいですね。
福重氏中小企業経営者に向けたセミナーで私がよく話題にするのは、「うちなんて」「大手さんと比べて」という言葉は就活生に対して絶対に口にしないこと。「うちなんて」と言う会社には「うちなんて」の学生しか来ませんと話しています。会社説明会で「弊社のことをご存じない方が多いと思いますが」から話し始める中小企業の人事担当者が多いのですが、「これだけのことをやってきたのに弊社のことを知らないのか」ぐらいの勢いで話してください、中小企業であることは話の「オチ」に使ってくださいとアドバイスしています。
会社説明会では最初に、得意とする事業や仕事内容を伝えることです。こんなにすごい技術や実績があり、業界シェアがどれくらいで、これだけのお客様に喜ばれ、信頼を得ていることを堂々と話してくださいと。その後で、「いま話した事業を社員何人でやっていると思いますか」と学生に問いかけるんです。学生が人数を挙げた後に「100人でやっています」と少数であることを明かして、いかに社員一人の役割や責任が重いのかを学生にわかってもらう。そうすると、その人数の中で採用される「私」は評価されたんだと学生は受け取ります。
これは、若い人が望んでいる「成長したい」という言葉にもつながる話です。何千人といる大企業の一人ではなく、100分の1の働きを会社から期待されて経験を積めば、より成長できるかもしれないと思うからです。「うちなんて」といったマイナス発言はせずに、自分たちの仕事を堂々と語ってほしいです。
福重氏認定企業が若い人たちに一番アピールできるのは、「私たちは決して無理はしていませんよ」ということだと思います。中小企業ががんばろうとすると、労働時間に転化されたり、一人当たりの負荷が重くなったりしがちなのですが、認定基準をクリアするスマートな働き方を実現しながら仕事を回しているわけです。これはすごいことで、ユースエール認定を若い人に堂々とアピールすればいいと思います。
福重氏「志望度三角形」と私が名付けた企業への理解を深めていくプロセスを実践してみてください。まず三角形の底辺にあたるスタート段階の「ステージ0」。これは一般的な情報でその会社について語れるレベルの理解度です。1段上った「ステージ1」は、どのような顧客に商品やサービスを提供してお金を得ているのかを語れる状態で、会社のビジネスを理解したレベルです。「ステージ2」は職種への理解です。社内にどんな部署があり、自分はどの部署で働きたいかまで考えられるレベルです。そして三角形の頂点である「ステージ3」は仕事への理解を指します。社員が日々どのように仕事をしているかまで理解できた状態です。ここまで理解したうえで入りたいと思うのが、本物の志望企業だと思います。
ステージ2までは自社サイトや会社説明会で把握できますが、ステージ3の情報収集は社員に直接会って聞かないとなかなかわからない。本当に入りたい企業ならば、その行動をすることです。そして現役社員に会えたなら、QCTWで質問してみる。Q(quality)は質、C(cost)はお金、T(time)は時間、W(who)は誰から求められるのかです。
仕事には当然、「質」が求められます。それをどのくらいの「コスト」をかけて、「売上」を目指し、どのくらいの「時間」で取り組んでいるのか、それは「誰から」求められるのかを聞くようにするのです。こうして話を聞いていけば働く姿が明確になります。現役社員からそこまで話を聞くことができれば、入社してからのミスマッチは起きにくいと就活生に話しています。
福重氏子どもにとって親は一番身近な社会人です。お父さん、お母さんは働いている日常の姿を語ってほしいと思います。先ほどのQCTWを使って具体的に話してみる。格好悪い姿を見せることになるかもしれませんが、それが現実の社会です。働くことの大変さややりがいを子どもに伝え、共有する機会にしてほしいと思います。
また、親は子どもを思って「やりたいことをやりなさい」と言いがちですが、私は「やりたいこと」とは自分を満足させるためのもので、仕事は誰かを満足させるためにやることだと思います。だからその対価としてお金がもらえる。誰かを満足させるために費やすクオリティーとコストとタイムへの努力や経験を、社会人となる子どもに話してください。
福重氏コロナ禍での会社説明会や採用面接のオンライン化で、地方の学生が都市部の企業を受けやすくなったように、東京の学生が地方の企業にアクセスしやすくなりました。こうした利点を生かして、いろんな地域や業界に視野を広げて企業選択をしてほしいと思います。
そして最後に伝えたいのは、「あなたが希望するすべての要素がそろった『いい会社』は存在しません」ということです。これまでの学校生活で先生や友人との関係だったり、サークルやアルバイト先だったり、そのすべてに満足していたわけではないように、会社も自分の思い通りの場ではありません。幻想を抱き過ぎないことです。現実的な目をもつためにも一次情報を得る努力をすること。それは先ほど話した先輩社員に会って耳を傾けることです。SNSで見た会社の悪評に惑わされる学生がいますが、悪口の中には辞めた元社員の書き込みもあります。辞めた人の意見で自分の人生を考えるより、働き続けている社員の意見を聞いて志望する会社を判断してほしいと思います。
1979年生まれ。大手から中小まで1000社を超える企業を顧客に、採用計画やインターンシップ、人材育成などを支援する株式会社ダイヤモンド・ヒューマンリソースでHD首都圏営業局長を務める。2004年の入社以来、企業の採用コンサルティングや学生向けの就活指導を続けてきた。DIAMOND online(https://diamond.jp/)では、企業や学生、保護者に向けた採用動向やキャリア形成に関する情報を発信している。
若者の採用・育成に積極的で、若者の雇用管理の状況などが優良な中小企業(常時雇用する労働者が300人以下の事業主)を厚生労働大臣が認定する制度。2015年度に制度がスタートし、2023年10月末現在、認定企業数は1,110社に上る。
認定企業になるためには、直近3事業年度の新卒者などの正社員の離職率が20%以下であること、前事業年度の正社員の月平均所定外労働時間が20時間以下で、月平均の法定時間外労働60時間以上の正社員が1人もいないこと、前事業年度の正社員の有給休暇の年間付与日数に対する取得率が平均70%以上または、年間取得日数が平均10日以上など各種項目の認定基準をクリアする必要がある。企業は各都道府県労働局へ資料を提出して申請し、基準を満たしていると判断されると認定通知書が交付される。
認定企業は、優良企業であることをアピールできるユースエール認定マークが使えるほか、認定企業限定の就職面接会への参加やハローワークによる企業PR支援が受けられる。加えて、日本政策金融公庫の低利融資、公共調達での加点評価などのメリットがある。